瀞霊廷を出る前は昼間だったのに現世の市丸のもとに着いた時はすっかり夕方になっていた。


(やっと会えた…)


日番谷の存在に気付いていないのか、街全体が見下ろせる小高い丘に夕日を浴びる市丸の後ろ姿があった。
市丸のどことなく儚げな後ろ姿に、日番谷はかける言葉を見つけ出せずに、少しの間、後姿を眺めていた。

しかし、そうしていても、相手は気づく気配もなく、このままではようやく決心のついた心が揺らいでしまいそうで、腹に力をこめて、日番谷は声を出した。


「…市丸っ!」


「…えっ…?あっ、日番谷はんや!」


ちょっと驚いたような顔をして、市丸は振り返った。
本当に、日番谷の事に気付いていないようだった。


(…今、市丸の姿が大人に見える…。)


夕日を背に振り返っている市丸の姿は日番谷には大人の姿に見えていた。


『でも、まぁ、市丸さんも悪運が強いというか。あなたが現れるのが後数年先だったら、もう遅かったでしょうね〜。』


「…殉職した隊員達な、この辺りでなくなったんよ。」


『…多分、あなたが大人の市丸さんの姿を捕えることができるのは、その期日が迫っているからでしょう。』


「…あの子たち、ちゃんと転生して幸せになってくれたらええなぁ…。」


『…その期日を過ぎると、市丸さんは一生元に戻れることはないでしょう。』


日番谷の頭の中で市丸と浦原の声が同時に共鳴した。


多分、市丸の大人の姿をとらえられる時は、市丸が切ない感情や辛い感情をこらえているときなのではないだろうか、と思った。
この姿のまま、精神が安定せず、子供にも大人にもなれない百年間。
市丸はどうやって、辛さや悲しみを乗り越えてきたのだろうか。
一生、自分を理解してもらえる相手が見つからなかったら、どうなるのだろうか。
解決法を知ってもなお、元に戻れない自分をどう思っていたのだろうか。


(市丸、


         市丸、     


       いちまるっ!!)


目の前で、切なそうに笑う、市丸が愛おしかった。
このまま、市丸に受け入れられなくても、影からでも支えていこうと思った。
何も行動せずに、結局はそのままの姿の市丸で瀞霊廷に帰ってしまったら、ここで亡くなった隊員達にも、現在も市丸を支える隊員達にも、失礼だと思った。


『あなただから、心から、市丸さんを救いたいと、愛していると、思ったあなただから、救えるのですよ。』


簡素な答えを聞いたあと、市丸が自分を受け入れてくれるのか不安に思った日番谷に、最後にかけた浦原の言葉は力強かった。





「市丸ギンっ!」


「んっ?」





日番谷は大声で相手の名前を呼び、数メートルぐらいあった間合いを一瞬でつめて自分の顔を相手に近づけて言った。





「…おれの覚悟、受け取れ。」


「ひつがっ…!!!」





市丸が口を開くか否かのタイミングで思いっきり唇を近づけてキスした。


しかし、カチッと歯が当たってしまい、相手も自分も顔を顰める。





「いった…!!」


ボンっ!





市丸が痛さを叫ぶと同時にそれはそれはコミカルな音と共に白い煙幕があがった。


(ちっ、こんなところに技術を燃やすなよ…)


自分のキスの失敗にイラッときた日番谷だが、どうやら、市丸に受け入れられたらしい。


浦原いわく…


『いや〜当時は白雪姫的展開を考え付いてですね〜!キスした後はボンっ!といきなり大人になる、という夢みたいな展開になるんですよね!』


要は、王子様のキス、ではなく、お姫様のキスで元に戻れる、という、なんともロマンティックなのか、傍迷惑なのか、そんな薬を作ったらしい。
しかし、成長する前に好きな相手を見つけて、キスしてしまえば、成長なんて止まらない。


『まぁ、市丸さんにはナイスバディーで美人な幼馴染がいるってもっぱらの噂でしたから、本当に成長を止めてやろうなんて、考えてもなかったんですよ。』


だそうだ。
腹いせに、薬を飲ませてやったが、愛する相手がいる、と勝手に思い込んでいた浦原は、単にお遊びの仕返しだったそうだ。
しかし、十数年後に再会をはたした時、当時と変わらない市丸の姿に、浦原は驚いたそうだ。(藍染が浦原の居場所を突き止め、市丸に教えたみたいだ。)
どうしたら成長が戻るのか、射殺す構えで問いただしてきた、市丸に、薬の説明をしたのだが、どうやら、解決法を知っても、本当に愛せる相手に出会えなかったみたいだ。


「って!僕、大人になったん?てか、日番谷はん酷いっ!!」


白い煙幕から姿を表したのは、スラッとした身長の高い男だった。
口を尖らして、ブツブツ文句を垂らしているため、かっこいいその姿は台無しだった。


「…無駄にでかくなりやがって!」


「あっ、いったっ!なんやねん!」


身長が高い市丸の姿を見て悔しくて足蹴りした日番谷だった。


「あぁ、もう、なんか感動的なキスじゃないし、弔いの気持ちは変に吹っ飛ぶし…!大人の体やけど、なんか嬉しくないしっ!」


ブツブツ文句を言い続ける市丸。


(あぁ、そうだった。初めに言うの忘れていたな。)


大人の姿だけど、子どもの姿の時と全然変わらなくギャーギャー騒いでいる市丸を見て、吹き出しそうになるが、大事なことを伝え忘れている。


「市丸 おれさ…」


「っ!!あぁ〜あかんっ!それだけは言わんといてっ!!」


「はっ…?何でだよ?」


「僕が言いたいんよっ!」


「…おれも言いたい。」


「あ・か・ん。…こんな大人の姿した僕が先に言わんかった、て、かっこ悪すぎやわっ!」


「…キスしたのおれの方からだぞ。」


「…ええから、言わせて。」


「…分かったよ。」





日番谷が先に折れると、市丸は一回深呼吸を入れて、言葉を続けた。





「日番谷はん、君のことが、好きです。愛してます。付き合って下さい。」


「あぁ。おれも市丸のことが大好きだ。」





そうお互いに言い合って、抱き締めて、再度、キスをした。
今度はさすがにまともなキスだった。








…しかし…





ぽすっ!





間抜けな効果音が響いた。





「えっ、ちょっ、僕、また小さくなってない????」


ぽすーっと空気が向けるように、大人だった体がまた小さくなり始めた市丸。


「あっ、何で、この死覇装、破けたりせず、フィットしてくんねん!!てか、体がっ!!」





死覇装の事にようやく気付いた市丸だが、体が元のサイズに戻ってきている事に戸惑いを隠せない。
せっかく、いい雰囲気で晴れて、恋人同士になれたのに、あんまりの仕打ちである。


「あっ、その死覇装、浦原に貰ったんだよ。伸縮自在で、どんな姿になってもフィットする死覇装を。吉良に頼んで、お前の死覇装類を全部、それに変えといた。」


戸惑う市丸に対し、日番谷は冷静に事の成り行きを見つつ返事をする。


「あぁ、そうなん。って、そ・れ・よ・り、何で体、小さくなってるの?」


「それは、百年もの間成長できなかった体が急な成長を拒否するんだってよ。」


「えっ…じゃ……」


「あぁ。最初は一時的に大人に戻ったが、その姿になるためには、数年はかかるんだってよ。」


「…当分はこの小さい姿のまま、てこと?」


「そうだ。今日から、お前の成長が急激に始まるんだよ。」


日番谷は浦原に聞いた事をそのまま市丸に伝えた。
百年ほども成長を止めていたため、急激な変化は魂を消滅しかねないので、防衛本能が働き、結局は徐々に成長を重ねなければならないらしい。


「……何や、もう、脱力したわ…。」


ガックリ肩を落して、残念がっている市丸は、さっきまでの大人の姿が、すっかり元のサイズに戻ってしまっていた。


「…いいじゃねぇーか、少しずつ、一緒に成長していけば。」


「…はたして、日番谷はんは成長するか怪しいけどね。」


「てめぇ…。」


また蹴りあげてやろうかと思った日番谷だったが、小さい姿の市丸にはどうも、蹴り上げるなど出来なかった。
どうやら、庇護精神が働くみたいだ。


「…せっかく、日番谷はんと恋人になれたのになぁ〜。」


別に相手が今の姿のままで十分満足な日番谷とは裏腹に、市丸は自分の小さくなった姿を悔やんだ。
まぁ、この姿では、どう見ても、小さい子同士のお遊びの関係に見えるからだろう。


「…それより、お前、いつからおれのこと好きだったんよ。」


そんな市丸を尻目に、かねてから、疑問に思っていたことを日番谷は聞いた。
日番谷はお分かりのように、つい最近、自分の気持ちに気づいたのだが、市丸はいつから気持ちに気づいたのだろうか。


「んっ?…多分、君と一緒に合同任務に行ったあとからやな〜。」


「…!そんな時からか?」


「…すっごく気になるなぁ〜と思ったん。後は君にすごく会いたかったし。」


「へぇ…///」


「で、日番谷はんは?」


市丸の以外に早い気持ちの気付きように少し驚かされた。
しかし、その質問をすると当然自分も同じ質問が返ってくる。
日番谷は苦い顔をして、答えた。


「…おれは、お前とかき氷食べた辺りからだよ。」


「あぁ〜、やっぱり最近やったんや〜!」


市丸の納得しているような声に、日番谷は顔をさらに赤くした。


「悪いかよ。こんな気持ちになったの初めてだったんだし。」


「うん。…日番谷はんからの初めてのキスは苦い思い出になったわ…。」


「ヴッ…しょーがねぇーだろ!それより、そんな前から気づいてたんだったら、お前からすればよかったじゃねーか!」


「…だって、日番谷はん、全然その気になってくれへんかったやん。」


「…まぁ、そうだが…。」





そんな他愛もない話を一通り交わし、最後には盛大に笑った。





百年もかけて、見つけた、真実の相手との今日、この日がとても愛おしかった。





「…すっかり、お前の部下の前で、恥ずかしいところ、見せてしまったな…。」


「大丈夫やって。僕たちの、幸せ、おっそ分けや。うまく転生してくれるわ、きっと。」


「…そうだな。それに、これからお前は、もっとたくさんの魂を救えるようになるのだからな。」


「うん!日番谷はんもすっぽり抱きしめて、守ってあげるからな!」


「…おれ、絶対、市丸より大きくなってやる。」


「無理やって。」





夕日を浴びる二人の小さな体から伸びる長い影は仲良さそうに重なっていた。








その後、日番谷と市丸は以前と変わらない関係が続いていた。
雄一、変わったとすれば、正式に恋人になったことだろうか。


そして、今日も廊下に元気な足音がバタバタと響いていた。
その賑やかな足音に、日番谷は歩みを止め、振り返った。
予想通りの人物が、元気いっぱいで自分の元に走ってくる。
相手は満面の笑顔だ。


「ひ〜つ〜が〜や〜はん!聞いて、聞いて!」


「…てめぇ、人の名前を変に伸ばすなっ!気持ち悪い。」


「えぇ〜、気持ち悪いは余計やよ。それより、僕、先月より3cmも身長高くなったんよ!…日番谷はんは変わらんみたいやね!」


「…うっさい。」


日番谷はバキッという音がたつ程の力で市丸を足蹴りして、踏ん反り返りながら歩みを戻した。
市丸は、足…脛の部分を押さえながら、少し大きくなった体を縮ませて、痛さに耐えていた。


「…っ!いったいわ!最近、日番谷はん、暴力的やねんっ!」


「…ふん。」


「この前まで、あんなに可愛かったのにー!」


「…その言葉、そのまま返してやるよ。」


ムッキーと怒りながらも、でも、日番谷のそばを離れようとしない市丸。





あれから、市丸の成長が戻ったこと、数年後には大人の姿に戻ることは瀞霊廷では周知のことになった。
それと同時に、日番谷と市丸がどうやら恋人になったらしいことも、一緒に知られていった。
余談だが、始めの方はそれはもう、大変な事態になった。
ご存じのとおり、市丸に日番谷を近づけて改心させようと最初に思ったのが、日番谷ラブの総隊長で、改心する以前に仲良くなり、はたまた、ラブラブになってしまい、恋人と聞かされた時には、収拾がつかないぐらいの落ち込みようだったらしい。
また、他の隊長陣も驚きを隠せなく、「あの真面目な日番谷が毒された」、と心配して、うるさかったりした。
そんな中、藍染だけはことの成り行きを知っていて、市丸の成長に喜んだが、小さく可愛い姿がもう拝めないのかと思うと、複雑な気持ちだったみたいだ。
そして、五番隊の活気が一時沈み、雛森が落ち込む藍染のために、いろいろと元気づけたみたいだ。
最終的に、市丸が藍染を励ましに行かされ、程なく、五番隊は元に戻ったそうだ。


だが、今は誰もが心配などではなく、呆れ果てて、逆に市丸と日番谷の関係には触らぬ神に祟りなし、とまで思われている。
市丸もだが日番谷も、お互いへの独占欲は異常なほど強く、嫉妬もすごいからだ。





「はぁ、今日も市丸隊長は仕事をしてくれないのでしょうか…。」


「…諦めなさい。うちの隊長もギンが遊びに来てる時は仕事、通常の半分しか進んでないのよ。」


「…相手をしていないようで、市丸隊長の言葉に耳を傾けている、てことですか…。」


「…ツンデレなのよ。おやつ時になると、本人は気付いていないようだけど、そわそわしだすのよ。」


「…重症ですね…。」


「そう、もう、こっちが恥ずかしくなるくらいにね。」


廊下の影で、二人の仲睦ましい姿を遠目で眺めながら、溜息をもらしている、二人の副官がいた。





「日番谷はん!これからもずっと一緒にいような!」


「…当たり前だ。」


今日も、瀞霊廷のバカップルは仲良く一緒にいる。


(完結)








最終話…こんな感じで終わりです。
お二人は永遠にらぶらぶだと思います。
番外編でちょくちょくまた彼らが現れます。

09.6/10〜8/4まで拍手