小さな隊長さん達★第三話「束の間(後編)」




日番谷は困っていた。
何故なら市丸と会う度に挨拶だとしょうして抱きついてきたり、十番隊の執務室に頻繁にサボリにきたりと、異常になつかれていたからだ。
周りは市丸の悪戯が日番谷をかまうことで激減していて、いい方向に進んでいると思われていたが、日番谷にとってはウザイことこのうえなかった。


「あっ日番谷はーーん!!」


ドンッ!!


「ヴッ…!!!」


最近では日番谷が嫌がって市丸の抱きつきを避ける事が多くなったため、市丸は霊圧を消して瞬歩まで使って抱きついてくる。
しかもその噂を聞き付けた草鹿までも市丸の真似をして抱きついてくるという悪循環である。


「てめぇ…!抱きついてくるなって言ってる…


「ひっつ〜!!!」


ドンッ!!


「ヴッ…てめぇも市丸の真似してんじゃねぇ!!!」


「えぇ〜ひっつ〜とギンちゃんだけが仲良くしてるなんてズルい〜!」


「こいつのこれは嫌がらせだよ!!」


「えぇ〜日番谷はん酷い〜!僕のも愛のコミュニケーションやで!」


「みんな仲良しぃ〜v」


「やちるちゃんの言う通りや!」


「あぁ〜お前らうざい!」


そんな日常を日番谷は送っていた。
合同任務の時に見せた市丸の本領はどこへ消えたのか、瀞霊廷に戻るといつもの我が儘しほうだいとくる。
日番谷にはあの時の市丸が幻ではないかと疑うほどだった。


「お前、本当は大人なくせに誤魔化してるんじゃねーよ!」


「はて、なんの事やら。」


とか言って惚ける。
しかし、最近だか日番谷は気づいていた。
遠征後や討伐後の市丸は必ず2・3日は日番谷に会いに来ないことを。


「特に任務で殉職者が出ると大人しくなるんですよ、実は。」


と松本がこっそり日番谷に話してきた事があった。


「でも涙は流さず、無表情で葬儀に参列するから、変な誤解されたりするんですよ…。」


とも松本は言った。


(…市丸ギンってのは難解なヤロウだな。)


日番谷は松本が市丸の話をするときの穏やかな表情を思い出していた。














そんな穏やかな日常を送っていたのだが、ある日の午後、地獄蝶が良くない報告を伝えてきた。


『三番隊担当地区で異常発生。死神多数死亡。現在隊長格が赴き事態沈静化。』


つい最近まで市丸自身が参加して長期遠征していた地区にまた異常が発生し、巨大虚からメノスまでもが出現する事態だったらしい。
緊急要請で市丸と吉良が討伐に向かって、何とか事態の沈静化へ向かったみたいだが、死者が沢山出たとの事だ。


「あいつ、大丈夫かな…。」


今日はあいにくの雨で朝からシトシトと降り続け、たまに豪雨になっていた。
やっと雨から解放され、夏本番という季節になりかけていたが、梅雨が逆戻りという、湿気の多い蒸し暑い日だった。
日番谷は暑さもあって朝から少し体調がよくなかった。
そんな日だからか松本も調子を崩して昼からの執務を休ませていた。
さすがに主従そろって執務を休むわけにはいかず、日番谷は書類処理に没頭しているところにこの知らせが届いたのだった。


「明日からは静かな日々になるな…。」


慰めるべきなのかもしれないが、一つの隊を治める隊長だ。
下手な慰めなど逆効果だろう。


シトシト


シトシト


雨が降り、蛙のゲロゲロという合唱が執務室まで聞こえた。
賑やかな松本がいないせいか執務室はしんと静まり返り、いつの間にか時間が過ぎ夕方になっていた。


「もうこんな時間か…さすがに夏だな、日が長い。」


現在もまだ雨が降っていて、空は常に暗いが、真っ暗闇の夜になるにはまだ早い時間だった。


(今日はもう上がるか…)


と日番谷は思って、机の上を整理しだした時だった。




「……………ッ!」




ふと、外から見知った霊圧を感じた。


バンッ!


と日番谷は勢いよく戸を開けた。


「市丸……」


外には全身ずぶ濡れの市丸が立っていた。
常に柔らそうな銀色の髪は雨に濡れて、顔にくっつき、目もとが少し隠されているためか表情が見えにくかった。


「どうしたんだよ…」


数日会わないと思っていた人物から自分のもとにやってきたため、日番谷は驚いた。
まだ、市丸からかすかに血の臭いがしていた。
討伐後、隊舎に戻らず、ここに来たのだろうか。


「お前、こんなところにいていいのかよ…。」


「うん…。何や、日番谷はんの顔が無性に見たくなった。」


雨に打たれながら穏やかに笑う市丸が不自然で、日番谷は気味が悪く思った。
しかし、


(これは市丸の弱った時なのか…?)


あまりにも穏やかに笑う口元だけが異常だった。
髪で目元は見にくかった、目の奥では、燈色がギラギラしているように見えた。


「…とりあえず、中に入れ。」


「…うん。」


うんと返事は言ったものの、市丸はなかなか中に入ろうとはしなかった。
いや、その場で立ち尽くしているだけだった。


「…おい、こっちに来い。」


日番谷は再び中に入るように促したが、動く気配がなかった。


「お前なぁ…


「日番谷はんはきれいなままでいてな。」


突然、陽気にもとれるはっきりとした口調で市丸は話し始めた。
その声とは裏腹に、やはり、ゆるやかに弧を描いた口元と目の光が異常だった。


「何だよ、急に…」


「僕は忘れてしまった。
 感情も記憶も。
 でも、日番谷はんはずっと覚えといてあげて。
 この前の合同任務の時のように、一人の命でも大切にしてあげて。
 矛盾しているのはわかっとるけど、でも、一人の命でも忘れてあげやんといて。
 僕が死んでも、少しは悲しいって思ってあげて。
 僕のエゴやけど、覚えといて。
 …日番谷はんはきれいやから。」


「…市丸…?」


「約束。」


そう言って、見たこともない無邪気な笑顔を日番谷に向ける市丸がいた。


そして、今にも儚く消えそうな市丸に日番谷は無意識に体が動いていた。

ギュッッ

日番谷はいつも市丸が自分にするように抱き締めた。
いつも温かいのに雨に打たれたためかひどく冷たかった。


ポタポタと流れてくる雨がこれ以上市丸を打ちつけないでほしいと思った。


ドクドクと市丸の鼓動だけが鮮明に肌から伝わってきて、


「…お前はちゃんと生きているよ。」


幻でない市丸に、心と脳だけが成長して小さい体で制御できなくなっている市丸に、伝えたかった。


「…………?」


「感情も記憶も、お前の中でちゃんと生きてるよ。」


「…………。」


大丈夫だ。


「………っっ。」


それから、市丸は日番谷の肩に顔を埋めて、何かに耐えるように震えていた。
泣いていたのかもしれない。




二人は数分の間、雨に打たれていた。
ずぶ濡れになった服が体にくっついて、気持ちが悪かったが、心は晴れやかだった。


「日番谷はん。」


「んっ?」


抱き合っていた状態から市丸は自然と距離をとって、日番谷に向き合った。


「ありがとう。」


そう言うか言わないか、日番谷の耳に届く前に、

ちゅっ

とおでこにキスされていた。


「…っ!!!」


そして、市丸は姿を消した。
やり逃げだが、日番谷にはそのこと以上に、顔を真っ赤にして驚いたことがあった。


(…一瞬、あいつが大人の姿に見えたのは気のせいか…?)


そう、日番谷の目には一瞬だが、確実に、長身の男の姿を垣間見たのだ。
銀髪で大人な男の姿を。


(そういえば、あいつは、本当は今頃あれぐらいの姿をしていたんだった。)


小さい体で悪戯して笑っている姿が日常だったので、すっかり、小さい市丸が常だと頭で思っていた。
本当は薬のせいで、今なおあの姿のままだということを忘れていたのだ。


「…薬…?

あいつ…元に戻れる方法があるのか?」


そう、市丸は過去に薬を飲食物に混入されて、特効薬もなく、今の姿で成長が止まっているのだ。
薬で強制的に成長を止められているのなら、解決法があるのかもしれない。


戻してやりたい


日番谷は心の中で強く思った。
今のままでは、そのうちに市丸は心と体のバランスが取れなくなって、消えてしまいそうで、なんとしても戻してやりたかった。
どうして、そこまで、強く、強く、そう思ったのかはまだ分からなかったが、日番谷は心に誓いをたてた。


(市丸を元の姿に戻してやる!)


いつの間にか雨がやみ、黒い雲の隙間からもれたオレンジ色の夕日の光が日番谷を照らしていた。








最終話に向かってきました。
書いてて、恥ずかしいな、と思うことがいっぱいある話だなって思いますよ。

感想など頂けると嬉しいです。

09.5/1〜5/20(拍手にて)