★★小さな隊長さん達★第三話「束の間(前編)」★★
十番では最近お目にかかっていない人物が、十番隊舎の廊下をスッキプで鼻歌を刻みながら、目的の人物のもとへ向かっていた。
ご存じの通り、小さい体ながら三番隊長を務める、市丸ギンである。
ほんの二か月ぐらい前には、就任したての十番隊長・日番谷に無駄な悪戯をして、十番隊で恥をかいたところだったが、市丸はもうすでにきれいさっぱり過去のことにしたみたいだ。
しかし、一か月ほど前に三番隊と十番隊で合同任務を行って以来、市丸は十番隊には顔を見せなくなっていた。
なぜなら、市丸率いる三番隊は担当する地区に問題が発生したため、長期遠征していたのだ。
無論、戦闘好きの市丸は「僕も行く〜」とか騒いで、吉良を置いて、さっさっと遠征組に合流してしまったため、吉良は瀞霊廷に残って書類処理をしながら、現地の市丸のサポートもしていたらしい。
市丸のわがままも始まったことではないが、吉良の胃薬は一生手放せないものになっているのだと、他隊でも有名だった。
そんなお騒がせ隊長・市丸は、遠征から最近瀞霊廷に帰ってきたばかりで、さすがにやせ細った吉良を不憫に思ったのか、吉良に有休を与え、数日は真面目に書類仕事をしていたらしい。
「やっと書類も片付いたし、今日は久しぶりに日番谷はんに会いに行こう♪」
数十分前に、三番執務室で三席が出したお茶を飲みながら、市丸はそう言った。
「…市丸隊長。今日は昼から隊主会ですよ。」
執務室にいた三席は市丸の言葉を聞いて、困ったように今日の昼からの予定を告げた。
「えぇー!?昼から隊主会あるん?…絶対寝てまうわ。」
「最近、遠征や合同任務などで不参加が続いていらっしゃるので、さすがに今日は参加しないといけないかと思いますが…。」
「…う〜ん。イヅルもさすがに怒りそうやし、今日は行くわ〜。面倒やな〜。」
「そう言わずに真面目に参加してきて下さいね。」
「…何で、三番隊の皆は真面目な子ぉが多いんやろね。僕が隊長やっていうのに。」
市丸の言葉に三席は苦笑する。
市丸も、なんだかんだ言っても、部下のことを思っているのだ。
三番隊員たちはみんなそれを知っているからこそ、市丸を支えているのだ。
まぁ、書類処理については溜まり過ぎるぎりぎりまで放置してしまいがちだが…。
「隊主会が終わりましたら、今日の仕事を上がっていただいてよろしいですよ。後は何とかなりますので。隊長もお休みください。」
「ありがとさん。お言葉に甘えるわv」
「はいっ!!」
嬉しそうににっこり笑う市丸に、三席はきゅーんとなっているのだった。
そんなこんなの忙しい市丸だったが、久しぶりに、日番谷をかまいに行こうと思って、隊主会が始まる前に十番隊へと出向いていた。
日番谷に会っていない一ヶ月の間、市丸の中で日番谷という存在が変化し、本人でも驚くほど穏やかな感情を抱いていた。
(ふふふv今日は絶対嫌な顔させるでぇーvv)
…まぁ、悪戯好きは治らないのだが。
それにしても、また、新手の悪戯を考えついたみたいだ。
そして、お目当ての人物がいる場所に到着した。
「日番谷はーん!お久しぶりです〜!市丸ギンが会いに来たで〜!」
他隊の執務室のドアを無遠慮に思いっきり開いて、陽気な声で市丸は言った。
お目当ての日番谷は机で今日の書類処理をしている。
高く積み上げられた書類の山。
松本もおとなしく書類処理をしているところだった。
日番谷には珍しく仕事がはかどっていないようだ。
「あら、ギンじゃない!久しぶりねぇ〜v」
市丸の陽気な声に反応したのは松本だけだった。
日番谷は市丸の突然の訪問にも動じず、淡々と筆を走らせていた。
そんな日番谷を市丸は横目で見た後、松本の言葉に返事を返す。
「乱菊〜v久し振りv元気そうで何よりやわ〜。」
「あんたも元気そうで何よりよ。最近顔見せなかったから、あの喧騒の日々を懐かしがってたところよ。」
「…ほんまかいな?日番谷はんは僕がいなくてさみしかった?」
乱菊の方を向いていた市丸は机で書類処理している日番谷の方に向いた。
市丸が話を振ってきたので、日番谷は渋々顔を向けた。
日番谷は相変わらず、無表情で、仕事がたまっているためか、機嫌が悪く、話しかけるなオーラが出ていた。
「…あぁ?」
「…日番谷はん、めっちゃ機嫌悪そうやね?」
さすがの市丸も日番谷の機嫌の悪さに少し驚いた。
一か月前は、悪戯してもそこまで機嫌が悪くなることもなく、むしろ、面白そうにしていたのに。
「…あっ、日番谷はん。」
「…なんだよ。」
機嫌が悪い日番谷だったが、せっかく久しぶりに訪問してきた市丸に申し訳ないと思ってか、眉間にしわを寄せながらも、言葉を返していた。
そんな日番谷を知ってか知らずか、市丸はニヤーンと効果音がつきそうなぐらい、口元を上げて言った。
「最近、僕がかまってあげやんだから、拗ねとる?」
「…………。」
市丸が調子に乗って言った言葉に日番谷は返事を返そうとはしなかった。
「…あれぇ〜?ちょっとは寂しくしてくれとると思ったのになー。」
無視状態の日番谷に、にやにやと笑いながら市丸はちょっと残念そうな口調で言った。
「…で、ギンは何しに来たのよ?どうせまた、ろくでもないことしに来たんでしょ。」
そんなやりとりをしている二人を見ていた松本は、呆れたように溜息をついて言った。
「ろくでもないって、失礼やな!」
「ろくでもないわよ。」
松本のピシャリとした物言いに、ちょっと尻込みした市丸。
しかし、今日やろうとしていることに、松本は喜ぶはずだ。
「日番谷はん。」
「………。」
いまだ市丸を無視している日番谷。
ちょっと気まづいけど、市丸は言った。
「隊主会、一緒にいこ?」
市丸のその言葉に、日番谷は驚いて顔をあげてしまった。
あの隊主会嫌いな市丸が、自分から行くと言っている。
しかし、なぜ、日番谷と行きたいのかが理解しがたい。
三番隊から行った方が、一番隊に近いはずなのに。
目がばっちり合ってしまい、さすがに無視できなくなってしまった日番谷は口を尖らして言った。
「…お前、わざわざそのために来たのかよ…。」
「うん。」
満面の笑顔の市丸。
最近、長期遠征に行って、帰ってきても忙しく仕事をしていたらしい市丸が、わざわざ日番谷に会いに来てくれたのだ。
どんなに、ガキっぽい悪戯をしてくるやつでも、会いに来てくれたことに嬉しくないと言えばうそになる。
隊主会ぐらいなら一緒に行ってやってもいいかと思う日番谷だったが、なぜか市丸は手を差し出してくる。
「…この手は何だ。」
「んっ。」
そりゃーもーいい笑顔で無言の重圧で手を差し出してくる市丸。
市丸の行動に日番谷は「?」を頭の上にいっぱいつけていた。
「…隊長〜。手、繋いで行きたいみたいですよ。」
見かねた松本は笑いだしそうになるのを押さえて、市丸の行動を代弁して、日番谷に言った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
日番谷の信じられないっ、と言いたげな声が室内に響いた。
市丸は手を差しのべながら言った。
「この前の借り返すと思ってなv」
「…てめぇ…。悪戯が陰湿だぞ。」
「うんv日番谷はんはこういうの一番嫌がりそうやと思ったからv」
「…お断りだ。」
「拒否権なしや。僕と手を繋いで一番隊まで瞬歩せずに歩いて行ってくれない限り、前の借り清算できへんから。」
「…てめぇ、殺すぞ。」
「恩人に向かって、その言い方ないやないの。」
「うるさい。お前、やっぱりただのガキだ。我儘ぷーだ。」
合同任務の時は、頼りになって、かっこよかったので、ちょっとは見直していた日番谷だったが、前言撤回のようである。
久し振りに現れたかと思えば、また馬鹿な悪戯?を行ってくる市丸に、日番谷は呆れた。
「ふん。何と言われようと、僕はこのために、貴重な時間を割いて、隊主会が始まる一時間も前から来たんやで!」
開き直っている市丸は、日番谷が何と言っても、今日は手をつないで隊主会に行くつもりのようだ。
「知るかっ!おれは、この通り、仕事がたまってるんだよ!だれが貴重な時間割いて、お前と一緒にて…て、手なんか繋いでっ…」
「…?」
日番谷は急に言葉を詰まらして大人しくなった。
(隊長、手を繋ぐとか言うぐらいで恥ずかしがるなんて…どんだけウブなんですかっ!!!)
傍で見ていた松本は心の中で日番谷にものすごくツッコミを入れていた。
…通常時では超クールな日番谷だが、恋愛関係のことには超ウブみたいだ。
昔、幼馴染の雛森と仲良く手を繋いで遊んでいた頃以来、こういうことはまったく無縁で過ごしてきたようだ。
(いくら、借りがあるからって、手を繋ぐなんて恥ずかしいことできるか!!)
そう心の中で叫んでいる日番谷はちょっと顔を赤くしてうつむいてしまっていた。
そんな日番谷の様子を見た市丸は、ものすごく驚いた。
「えっ…日番谷はん…。…君って子供やね…。」
「子供とか言うなっ!!」
再度、勢いよく市丸の言葉に噛み付く日番谷を見て、松本は我慢できなかったようで、腹を抱えて笑っていた。
「ははははっ!!もう、隊長可愛すぎます。」
「う、うるさいな!」
「仕事は私がやっときますので、隊長はギンとラブラブしてきて下さいよ!」
「ら…らぶらぶとか言うな。…よりによって何で市丸何かと…。」
ブツブツと文句を垂れる日番谷。
市丸は、
(まぁ、乱菊に任せておけば、日番谷はんも折れるやろ♪)
と思って、十番隊主従のやるとりを傍観している。
そして、松本は日番谷を折らすための決定的な言葉を使う。
「…もう何でもいいので、大人な日番谷隊長は子供な市丸隊長の我儘に付き合ってあげて下さい。」
「うっ…」
大人と強調されてしまったら、日番谷は言うことを聞くしかなかった。
松本に説き伏せられている日番谷を見て、
(やっぱり、日番谷はんって意外と子どもっぽいんやなぁー)
とクスクス笑っている市丸だった。
…まぁ、市丸に言われる筋合いなどないが。
「…くそ、分かったよ。松本。おれが帰ってくるまでに仕事片付いてなかったら、減給な。」
「はーいv…って、隊長!無理ですって!!」
それまでにこにこしていた松本だったが、日番谷の言葉に顔を青くした。
書類の山は、松本の机にも、日番谷の机にも、いくつも存在しているのだ。
しかし、松本は「たいちょーのおにぃー(泣)」と情けない声を出しながらも、渋々仕事に戻った。
なぜなら、松本は自分が犠牲になって仕事をすることになっても、市丸と日番谷の手繋ぎ行進を見たかった。
(修兵にさっそく連絡しなきゃ!!)
恥ずかしがり屋の日番谷は、松本には生で見させないと思っているだろうが、何であろう、絶対に見たい松本は、檜佐木に頼んで写真に収める事にするみたいだ。
…そして、ちゃっかり者の松本のことだ、来月の瀞霊廷通信は増版間違いない。
そんな松本を置いて、日番谷と市丸は執務室から出た。
「…市丸。行くぞ。」
「はーいv」
そう言って、二人は手を繋いだ。
二人の小さい手がつながって、そりゃーもー可愛い光景だ。
「…日番谷はんって、可愛ええな。」
「…うるさい。」
顔を赤らめながらも、必死に平生を保とうとしている日番谷を見て、市丸は満面の笑みだった。
(えぇもの見させてもろたわv)
市丸はそう思いながらにこにこして、日番谷は顔を赤らめながらも眉間に力を入れて、二人は手をつないで、廊下を歩いていた。
そして、そんな二人を発見してしまった、隊士達は大騒ぎしたとか。
周りの隊士が大騒ぎしている中、
「…長期遠征、ご苦労だったな。」
「あっ、知っとったんや。」
「あぁ。でも、また吉良に迷惑をかけたみたいだな…。」
「ははは〜。まぁ、なんともなかったから。」
「…ほどほどにしろよな。」
こんな普通の会話をしていた。
手をつなぐ、なんていう状態以外は、まぁ、二人はただの同僚なのだ。
日番谷も落ち着いてくると、市丸のいつもの悪戯なのだ、と思って開き直っていた。
お互いが会っていなかった一ヶ月間に市丸自身の考えが変わったのもあってか、二人の関係はいい方向?へと向かっているようだった。
まぁ、何があれ、その後、市丸の日番谷への悪戯内容がボディータッチの多いコミュニケーションになったとか。

お手手繋ぎ編です。
この子たち、ホント、可愛いですよ…。
感想など頂けると嬉しいです。
09.4/16〜5/20(拍手にて)